こうした現象は、誠実に本業の事業経営に励む中小企業をも強烈に襲ったのである。
先祖代々守ってきた事業用の土地や店舗や工場を、銀行や不動産業者の話を信じて売却させられた。
後継者と目論んでいた息子たちはこの土地の売却で得た膨大な資金に目がくらみ、地味な商売を承継することに興味を失うという結果をも招いた。
そして先代から承継してきた本業に専念するのをすっかり忘れて遊興に走った人もいた。
この後継者達の事業継続への意欲の喪失と挫折こそ一代で企業を築いてきた中小企業の創業者にとっては最も痛い衝撃であった。
ブームの後始末は、バブル崩壊とともに始まった。
無理やり銀行に頼まれて建設したビルは、空室も多くなり、採算割れが続いて借入金だけが残り、その返済も金利の支払いもできない事態が発生したのである。
元本に対する返済や支払い金利が3カ月も遅れると貸し手の銀行やその金融子会社は、今までの好意的な姿勢から一挙に変身、厳しい回収屋と化していったのである。
その間に本体の銀行経営が破綻するところも続出、日本の金融システムはバブル崩壊とともに大揺れ、ピンチに陥ったのである。
バブル崩壊の救済は銀行のみ?大蔵省銀行局長通達による「不動産融資に対する稔量規制」の狙いは、建設業や不動産業及びその関連業界に対する貸出の引き締めであった。
大手行をはじめ各銀行はこの方針に沿って大幅に貸出金残高を抑制、さらには貸出金の引き締めは金融子会社まで貸出金の減額が求められた。
建設・不動産及びその関連業界は、そのため一挙に業況が悪化、多くの企業が経営破綻に陥っていったのである。
こうした煽りを受けて銀行のいうままビルを建設したり、工場用地を買ったり、あるいはゴルフ会員権等を購入したりした中小企業は、その借入金の返済に日夜追われ、企業自身が倒産や廃業に追い込まれるところが続出した。
この巨大なる不良債権の発生は、時価や株価の暴落によってさらに拍車がかかり、銀行をはじめ金融機関の経営が不安定になり、経営破綻するところも相次いだ。
その代表的なケースが1995年の住宅金融専門会社(住専)の経営破綻、1997年11月北海道拓殖銀行・山一謹券の相次ぐ破綻、1998年秋になると長期信用銀行3行の中で長銀・日債銀の2行が経営破綻した。
こうしたバブルの崩壊に伴う相次ぐ銀行・証券の経営破綻に対して世界から日本の不良債権の処理をめぐってその早期解決を求める声も大きくなった。
また国民からも銀行の経そこで政府や金融当局は、1998年2月預金者保護を目的に「預金保険法」を改正してペイオフに備えた。
次に1998年10月には金融機関再生を目的に「金融機関再生法」、さらには1998年10月には金融機関の健全化を目的に「早期健全化法」を成立させ実施した。
こうした法律を成立させながら、国際公約にもなったバブル崩壊に伴う巨大な不良債権の早期処理に乗り出し、公的資金の注入に踏み切ったのである。
1998年大手行等21行に総額1兆8000億円、1999年3月再度大手行等15行に稔額7兆5000億円の公的資金注入を決定した。
また2002年10月金融庁が金融再生プログラムを発表、2003年5月りそな銀行の経営危機に際して公的資金を注入、実質国有化に踏み切ったのである。
2004年になると大手行は不良債権比率の半減目標を達成、さらに2006年3月には大手行が揃って最高益を公表、その上で三菱東京UFJ、みずほ、三井住友は相次いで公的資金を完済、りそなも近い将来完済を視野に入れている。
このように大手行は公的資金の注入で経営を早期に健全化していった。
こうした中で大手行を中心とした銀行の中には政治資金団体である協会を通じて自民党等に政治献金を再開しようとしたが、いまだ法人税をも支払わないという段階であることもあり、国民の猛反対にあって挫折したという経緯があった。
このように銀行の経営は公的資金を注入して大手行を中心に回復、その信頼を取り戻していった。
一方、借り手側の中小企業者にとっては業績が悪化する中、借入金の返済や金利の支払いが3カ月遅れると、銀行側は不良債権の発生を恐れてビルの売却や土地の処分等による返済を強引に求めてきた。
その中心となったのが「回収屋」といわれる本部の審査・管理チームや回収目的で設立された金融子会社の面々であった。
その上で貸し渋り憤りを覚えた人達も少なくない。
また弱い立場の中小企業を救済する道をなぜ開かなかったのか、政府や金融当局の無策を厳しく指摘する人も少なくない。
公的資金の銀行への注入は、金融システムの安定化の名のもとに行われてきたが、経済の安定化のためには、日本経済の底辺を支える中小企業の保護及びその育成が不可欠である。
銀行ばかりなぜ保護するのか疑問は残ったままである。
2009年12月に成立した返済猶予法案という一時しのぎの中小企業の救済等はあくまで対症療法であって、抜本的対策にならないというのが、多くの中小企業者の偽らざる本音であろう。
仕事をどんどん中小企業にも回す仕組み作りは財政支援という予算面だけでなく規制緩和等の構造改革等の多角的な面からも今長も求められている。
医療・介護・福祉・環境・教育・エネルギー開発等には、日本の持てる技術力や開発力・営業力が不可欠だ。
それらは中小企業があるときは自力で、またあるときは大企業と共同で開発してきた大きな資産である。
今そこに広く目を向け、この資産を活用しなければ日本は中小企業を中心にして再び活力を失い、閉塞感に浸ってしまう。
明日の日本を見据えた一元的な中小企業対策が、規制緩和を軸にして金融・雇用・新技術開発・人材育成等の各方面から望まれよう。
バブルの責任は誰も取らないの?バブルの後始末ともいうべき責任については、一向に検証が行われていない。
金余り現象を作った金融当局や政治家、あるいはその手先となってバブルを醸成した銀行経能な貸出金を適正に処理できなかったとして証券取引法違反の罪に問われた事件(旧日債銀)や銀行の融資をめぐって旧商法の責任を問うた特別背任事件(拓銀)ぐらいである。
バブル崩壊後、一般国民は長い間不良債権回収のため超低金利政策のもと実質金融資産が目減りし、また中小企業は貸し渋りや貸しはがしの不安の中、時には回収屋の標的にもされてきた。
日本経済が再生するには、このバブルの醸成とその崩壊についてその時の政治状況や政治家、金融当局(大蔵省と日銀)及び銀行経営者の判断や行動がきちんと総括検証され、その責任を明確にしなければならない。
日本経済が真に再生するには、この失われた10年に誰がどのような施策を行い、それがどのような結果を招いたかもきちんと総括することが不可欠であろう。
そうした反省のないまま過ごしてきたためにリーマンショック後の金融政策が後手後手と回り、そのしわ寄せが再び弱い立場の国民や中小企業者に回されたのである。
バブルでの体験や学習を生かしてこそ日本経済の真の再生がある。
そのためには当時の政策や当事者の判断や行動への検証と責任の追及が不可欠であろう。
中小企業金融円滑化法は、中小企業向け融資の返済猶予等に銀行の努力義務を課している。
その後、具体的にその効果をあげるため金融検査マニュアルを改正した。
その中で監督指針として「経営相談や顧客保護の取り組みを人事評価で考慮しているか」という項目がある。
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